飼育下のフンボルトペンギンの繁殖と換羽の内分泌学的研究

 

  鳥類の換羽は、その生活史の中で繁殖とならぶ重要な生理現象である。換羽にはさまざまなタイプがあるが、多くの鳥では繁殖期の前や後の一定の期間に全身または部分的に体羽を一新する。しかし、その内分泌学的な機構は、まだ完全には解明されていない。


換羽前               換羽中

 ペンギンは全身の羽毛を一斉に換羽し、換羽期間中は水中で採餌しない。このため、換羽期間は一般の鳴禽類に比べ非常に短く、換羽期間中の絶食に備え換羽開始の直前には摂食量が増え、有意な体重増加が見られる。そこで、ペンギン類のこの特徴的な換羽に興味を持ち、その内分泌学的機構の解明を目的として研究をはじめた。

材料と方法

 研究には、フンボルトペンギン(Spheniscus Humboldti)を選んだ。フンボルトペンギンはチリやペルー原産の種で、ワシントン条約付属表Tに記載された絶滅危惧種であり、その野性での個体数は、現在1万頭以下といわれている。日本では動物園・水族館などで繁殖しており、飼育個体数は、1000頭を越えている。

 本研究では、東京都葛西臨海水族園の屋外展示施設で飼育されている、繁殖経験のある成鳥を8ペア16個体用いた。それぞれの個体からは、血中ホルモン濃度測定のために1994年5月から換羽終了時の9月頃まで、約3週間おきに採血し、遠心して得られた血漿をサンプルとした。採血時には合わせて体重を計り、換羽状態を観察した。また、採血期間を含む一年間、実験個体の繁殖状態も観察した。

 得られたサンプルの血中ホルモン濃度は、ラジオイムノアッセイ法を用いて測定した。測定したホルモンは、生殖腺刺激ホルモンの一つである黄体形成ホルモン(LH), 雄性ホルモンのテストステロン(T), 雌性ホルモンの エストラジオール(E2), 甲状腺ホルモンのチロキシン(T4)とトリヨードチロニン(T3)である。

結果

 換羽の初期過程は皮膚の中で起こるために、外部からは観察できない。したがってここでは、換羽の開始を古い羽の抜け始めた日(下の図+)とし、換羽の終了をすべての古い羽が抜け落ちた日(下の図|)と定義とした。したがって換羽期間はそのあいだの期間である。換羽は、1994年は7月下旬から8月上旬に観察され、換羽期間の長さは雄では約13日、雌では約12日であった。

 下の図で、○は産卵した日、Xは卵が破損したために巣から除いた日あるいは孵化予定日を過ぎたために巣から除いた日、△は孵化した日を示している。この図からわかるように、すべてのペアで、換羽とそれに続くおよそ90日の期間以外は繁殖活動を示している。ペア8は孵化しなかった卵を取り除くのが遅かったためにセカンドクラッチが遅れ、しかも孵化に成功してその後育雛をおこなっていたために、換羽が他の7ペアに比べて遅れた。このことからも繁殖活動が終了して初めて次のステップである換羽へ移行することがわかる。

 以下のグラフにおいては、雄は(■、実線)で、雌は(●、点線)で示してある。記号はその近くの数の個体数の平均で、標準語差を縦棒で示している。グラフ全体をわたる二本の縦棒は、換羽の開始と終了の平均をそれぞれ示す。

 体重は雄・雌とも、6月中旬から急激に増加し初め、換羽の開始時に最大値を示した。雌雄とも通常の体重のおよそ20%増加した。

 

 血中LH濃度は、繁殖活動を示している4月終わりから5月の初めにまだ高く、6月から減少し始め7月下旬には最低となった。血中テストステロン濃度は、LHと同じように5月の高いレベルから徐々に低下し、7月下旬には最低となった。エストラジオールはテストステロンほど顕著ではないが、科抜きには低いレベルとなり、換羽終了後急激に増加した。



 T4は換羽前の期間は7月初旬まで比較的一定で、7月下旬の換羽の開始直前に有意な上昇を示し、換羽期間中は高い値を保っていた。T3の値は変動が大きく、この実験のデータからははっきりとした変動パターンは読み取れなかった。


 

考察

 フンボルトペンギンにおいても繁殖と換羽が同時には起こらず、このことは多くの鳥類での観察とよく一致する。何らかの環境要因によって、LHが低下し、その結果,性ステロイドホルモン T, E2が低下して繁殖活動が終了すると考えられる。これらのホルモンの低下と交代するように、サイロキシンが急激に上昇する。

 短い期間に全身の羽を交換するペンギンの特徴的な換羽は、性ステロイドホルモン濃度の低下後に起こる、この急激な甲状腺ホルモン濃度の増加・減少とよく一致していることが明らかとなった。

 以上の内容は、大塚良子、堀 秀正、青木 清、和田 勝を著者としてZoological Science1998年1月号に掲載されます。