細胞の誕生と死


  1.誕生
     1)受精による細胞の誕生
     2)分裂による細胞の誕生
     3)幹細胞による細胞再生系
  2.死
     1)ネクローシスとアポトーシス
  3.ふたたび細胞から個体へ
     1)細胞のコミュニティー
     2)おわわりにむかって



1.誕生

 細胞の誕生というタイトルで始めたが、細胞の誕生は2つの側面がある。1つは、地球の歴史の中で語られる系統発生(phylogeny)の最初に誕生した細胞の話である。もう一つは、個体発生(ontogeny)における細胞の誕生と再生の話である。前者には「すべての細胞は細胞から」というテーゼは当てはまらない。ここでは生命の誕生と細胞の誕生については教科 書(446-468ページ)にゆずることにして、個体発生における細胞の誕生を考えてみよう。

1)受精による細胞の誕生

 個体発生からみると、細胞の誕生は受精(fertilization)からはじまる。精子と卵子はどちらも染色体数がnの半数体(haploid)である。受精によってはじめてもとの二倍体 (diploid)に戻る。この瞬間が新たな生命の誕生であり、個体、すなわちそれを構成する細胞の始まりだと言える。現在の環境下では、生命(細胞)はこのようなかたちでしか誕生しない。

 受精した後、精子の核と卵子の核が合一する。この瞬間、遺伝子の新しい組み合わせが生じる。この組み合わせは、基本的にはこれ以降は変わらない。精子の遺伝情報も卵子の遺伝情報 も、父方あるいは母方の遺伝子を単純に半分にしたものではない。減数分裂(meiosis)のところで学習したように、中期(prophase)に染色体の間で交叉(crossing over)が起こり、新しい組み合わせが生じるからである。

 こうして生じた受精卵は、卵割 (cleavage)を繰り返し、桑実胚(morula)、胞胚(blastula)、嚢胚(gastrula)を経て、胚(embryo)はしだいに成体の形に近づいてゆく。基本的なからだのつくりができ上がると、あとは細胞の数を増やして体積を大きくしてゆく(growth)。発生に関しては、ここではこれ以上触れない。

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2)分裂による細胞の誕生

 成体になっても、膨大な数の細胞が毎日失われ、それに見合った数の細胞が細胞分裂によって作られている(細胞再生、cell renewal )。体内にはいろいろな器官があるが、それを細胞の増殖の面から分類すると次の三群に分類できる。

 培養繊維芽細胞を継代培養すると、およそ50回細胞分裂後に分裂能力を失う、という観察から、Hayflickは「ヒト繊維芽細胞は無限に増殖できず、有限の分裂回数の後、分裂能力を失う」 という仮説を提唱した。2)の細胞には、このような細胞分裂のカウンターが備わっているら しい。

3)幹細胞による細胞再生系

 腸の上皮細胞は常に新生され、古くなったものは剥離してゆくと述べた(5ページ)。腸上皮細胞が、2)と異なり細胞分裂を繰り返すことのできるのは、幹細胞による細胞再生系だからである。幹細胞は完全に分化した細胞ではない。幹細胞が細胞分裂をして2個できた娘細胞の、一方は分化して機能をあらわすようになるが、もう一方は幹細胞としてとどまる。こうして個体が生きている限りは分裂を繰り返し、分化した細胞を供給し続けるのである。

 腸上皮幹細胞、上皮幹細胞、精巣上皮幹細胞は、それぞれ1種類の機能的細胞を生み出すが、血液幹細胞は、多種類の細胞を作ることができる〔赤血球、白血球(好中球、好酸球、好塩基 球、単球、リンパ球)、血小板〕。

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2.死

 ここでは個体の死ではなく、細胞の死を考えてみよう。

1)ネクローシスとアポトーシス

 細胞がなんらかの損傷を受けたり、酸素の供給が不足したりすると、細胞は死んでしまう。そのような細胞は、まず徐々に膨らみ、ミトコンドリアが膨らんでやがて崩壊し、細胞膜が破れて中身が流れ出してしまう。このような細胞あるいは組織の死を壊死(necrosis)という。

 これに対して、細胞がみずから死んで行く過程を、アポトーシス(apoptosis)といってネクローシスとは区別している(下の図)。いわば細胞の自殺である。アポトーシスの過程はネクロ−シスとは異なり、細胞は縮み、核が凝縮し、細胞表面の微じゅう毛は消え、やがて核が断片化し、続いて細胞も断片化して大小の小胞になる。この過程は急速に進み、アポトーシス小体はマクロファージや近隣の細胞に取り込まれて除去されてしまう。

 肝臓切除後の再生肝では、もとの肝臓の細胞数よりも多いところまで増殖が起こり、アポトーシスによってもとの肝臓の大きさにまで戻される。多少、多めにつくって間引くやり方である。

 このような過程は、発生の各段階ではひんぱんに起こっている。有名な例は、鳥類の後肢の足指の形成である。

 下の図のように、ニワトリでもアヒルでも、まず大まかなあしのかたちが作られる。ついでニワトリでは指の間の細胞がアポトーシスの過程で死んでゆく。ところが、アヒルではアポトーシスがあまり起こらないので足指の間には水かきが残る。ヒトの指の形成もこれと同じ過程をたどるものと考えられている。このような細胞死は、発生のある決まった時期に起こる。そのため、このような細胞死をプログラム細胞死(programmed cell death)と呼んでい る。

 神経細胞も多めに作られ、正しく結線されなかったものはアポトーシスによって除かれてゆくらしい。

 アポトーシスは積極的な細胞の死であるが、すべての現象が同じメカニズムで起こっているのか、そのメカニズムはどのようなものであるか、などまだまだ不明な点が多く残されている。

 『アポトーシスの科学 プログラムされた細胞死』 山田 武・大山ハルミ 講談社ブルーバックスB1006 1994年 780円

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3.ふたたび細胞から個体へ

1)細胞のコミュニティー

 長かった細胞めぐりを終わり、再び個体へと戻ってきた。おぼろげながら、細胞がどのような形をしていて、どのようなはたらきをしているかが理解できたことと思う。それぞれの「はたらき」は、分子のレベルから細胞小器官のレベルまで、きわめて整然と組織化された「かたち」によって裏づけられていることが理解できただろう。すべて長い進化(evolution)の産物である。

 その細胞が、集まって個体を構成している。しかし、個体は決して単なる細胞の寄せ集めではない。組織のレベルでも、器官のレベルでも、もちろん個体のレベルでも、これまた、きわめて整然と組織化され(organized)統制がとれた集合体(organism)なのである。

細胞(cell)−組織(tissue)−器官(organ)−器官系(organ system)−個体(organism)

 もう一度、自分の体を眺めて、器官系や器官、それを構成する組織の名称を復習してみよう。

おれだって細胞のかたまりだい。だけど単なる寄せ集めじゃないぞ。

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2.おわりにむかって

 終わりは次の始まりである。この講義はこれで終わるが、次の道がさらに先へと伸びている。 Follow the yellow brick road!!

  2学期には、これまで学んできたこと(全部ではないが)を自分の目で確かめる生物学実験がおこなわれる。

 細胞がどのように組織化されているかを理解するためには、どのような組織化が行われ器官や器官系が作られているか(解剖学・組織学)、個体を取り囲む環境の情報をどのように受け取り処理しているか(感覚生理学)、細胞間の調整をどのような信号分子でどのように行っているか(神経生理学、内分泌学)、外敵の攻撃から個体をどのように防衛しているか(免疫学)、などを学ぶ必要がある。これらの基礎として2年になると生命科学基礎を学ぶ。

  Yellow brick roadを道に迷わずたどってゆくためには、これまで学んできた細胞の基本的なつくりとはたらきの理解が必要となる。その第一歩としてこの細胞の生物学が少しでも諸君の役に立ったならば幸いである。

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